フィールドフォース社長・吉村尚記がインスタグラムで「ものづくり大国日本再生計画」なる考えを打ち出したのは、わずか5カ月前のこと。一メーカーが掲げるには、不釣り合いなほど壮大なテーマだが、その第一弾となる商品「バントガード」が間もなく、発売となる。新商品に込められた狙いと、思いとは──。
フィールドフォースってそもそも…

ことし6月末、吉村が突然打ち出した「ものづくり大国日本再生計画」。そのテーマにはある意味、フィールドフォースならではの事業形態が関係している。
フィールドフォースは日本国内に自社の生産拠点をほとんど持たない。千葉県柏市の本社を中心に、東京、北海道、福岡、宮城にあるボールパークなど各拠点の社員がアイデアを出し合い企画、立案された商品は、試作から製品化まで、多くは中国の工場で形にされる。これは中国に留学した学生時代から、フィールドフォース以前の社会人時代まで、吉村が築いてきた経験や人脈、ネットワークによるところが大きい。
「ほとんど」というように、例外はある。グラブ工房である。フィールドフォースのグラブは現在、定番品は海外工場で生産しているが、「メイド・イン・ジャパン」「メイド・イン・トーキョー」にこだわった高品質のオーダーグラブやミットは、初代社長で、現会長の大貫高志の理想も詰まったグラブ工房で製作されている。


思いのある生産者さんとつながりたい
日本での企画から中国で生産、という流れについて、吉村が説明する。
「これまで、そうして数多くの商品を開発・販売する中で、そんな生産方式が当たり前になってしまっていました。外部からも、『フィールドフォース製品は海外工場で作られている』のが当然と思われていたと思うんです」
だが、もちろん、それがすべてではない。安定した人気で、いまやフィールドフォースの看板商品にもなっている少年軟式キャッチャー用のプロテクター&レガースは品質にこだわって日本国内で製作、ベースボール用サングラス「エアフライ」は、吉村がほれ込んだ他社製品で、フィールドフォースは販売だけを行っている。

「日本の『ものづくり力』はすごいんです。世界に誇れるほどに高いポテンシャルを持つ会社や工場も多い。規模の小さな町工場も、例外ではありません。そういうところとつながることができれば、われわれフィールドフォースも、いま以上のものを作り出すことが可能なんじゃないかと思うんです」
これまでの形を打ち破り、日本国内の思いある生産者とつながることで、これまでにない高品質な商品を作り出していきたい──。「ものづくり大国日本再生計画」とは、吉村のそうした思いの発露だったのだ。
田中工業とタイアップ
吉村が田中工業に連絡を取ったのは、それから間もなくのことだった。
その少し前、商談を含む打ち合わせのため、同級生でもある社会人野球・NTT東日本野球部元監督の飯塚智広さんを訪ね、同野球部の室内練習場を訪問した際に目にした、金属製の土台の移動式ピッチャーマウンドが吉村は気になっていた。
「金属製の土台で、移動用のタイヤがついた、立派な仮設マウンドです。しっかりした作りだけど、無駄がない。気になってしまって…。細部を見ていると、製造元のプレートが貼られていたのでメモして、帰って早速、連絡させてもらったんです」


田中工業の本社工場は同じ千葉県の白井市と、フィールドフォースの本社がある柏市からも遠くない。吉村は田中工業で野球用品を担当している田中営業課長と田村設計担当を本社に招いた。
吉村から突然の連絡を受けた田中さんは、当然、驚きはしたものの…。
「フィールドフォースさんのことはもちろん、以前から知っていましたよ」
と振り返る。
「今は成人しましたけど、息子が少年野球をしていた頃には商品を使わせてもらってましたし、その頃の“パパ友”とは今も連絡あって、よく話題に出るんですよ。社長のインスタも見せてもらってますし…」
ここにも意外なつながりが…
初対面のはずの田中さんと吉村に“旧知”感があるのは、そんなSNSの力だけではなかった。
もちろん、「NTT東日本野球部で器具を使ってもらっている」というだけでも共通点はあるのだが、同じ千葉ということもあって、NTT東日本に限らず、多くの高校や大学など、同じ顧客に商品を納めていたり、共通の知り合いが少なからずいたりと、今回の出会いがなくとも、いずれどこかで知り合っていたであろう程、近しい行動範囲なのだ。

田中さんがこれまでの経緯を振り返る。
「5、6年前のことでしょうか。野球とは無関係だった金属加工業のウチ(田中工業)が野球関係の仕事をするようになったのは、現在、同級生が監督をしている、自分の卒業校の野球部から、防球ネットを直してくれないか、と頼まれたのが最初だったんです。何度か修理を繰り返しているうちに、それならば修理して使うよりも、新しいのを作ってくれないかという話になって」
そこから、田中工業は「TUF CAGE」のブランドを掲げて、直接注文への対応をメインに、野球用具や用品の製作・販売を始めたのだという。
発注元と発注先、ではない関係を
本社の商品開発室に田中工業の二人を迎えた吉村は、早速、今回の取り組みについて説明を始めた。
「思いがある会社さんと一緒に、まだ世の中にない商品を作りたいんです」
単刀直入だ。フィールドフォースを立ち上げた頃、売り上げの多くをOEM(他社製品、他社ブランドの委託製作)に頼る事業形態に「達成感がない」と感じ、一方で自社のグラブ工房や、高品質のキャッチャー防具などの経験も持つ、吉村だからこその思いだった。
発注元と発注先ではなく、共同開発、共同製作を前提に、一緒に取り組むことに、活動の意義があるのだ。

もとより、田中工業の側にも異論はなかったようで、
「ウチは金属加工や溶接は強いんですが、非金属の方面には弱いんですよね。これといったつながりもなくて」
と話す田中さんとは、早々に意見の一致を見たのだった。
商品開発室にある、多くの開発中の自社商品を説明する吉村と、その説明を聞きながら、積極的に感想を口にし、質問を重ねる田中さん、田村さんの会話は、出発点こそ違えど、同じ分野で、ユーザーの声を形にしてきた共通の思いもあるのか、通じ合うところも多いようだった。
バントガード、開発スタート!
そうした中で、田中さんから出たのが「バントの練習をするときに、持ち手の指先を守る器具」の話題だった。「ある高校から依頼されて、金属で作ってみたんです。警察の機動隊なんかが使う、防護盾みたいなイメージです。重すぎてダメでした。構えただけでヘッドが下がってしまうほどだったんですよね」
吉村がそれに応えた。「実は、ウチも以前、企画したことがあったんです。主には樹脂や、スポンジですね。試作もしたんですが、『これなら』というところまで行かなくて、そのまま…。お蔵入りですよ」
会話はそこで終わらなかった。
「剣道の小手を使ってる、なんていう学校がありましたね」と田中さん、「樹脂などで衝撃を軽減する方法だと、結局、クッション材はあるんだけど、ボールが当たることになる。恐怖心は残るんですよね」と吉村。次々と考えを口にし、続くやり取りは雑談に近いが、だんだんと「実現可能なのではないか?」という空気感が生まれてくる。

「そう考えると、バットと指の間には空間が欲しい」「指を守る部分はスチールですかね…」。会話が続くうちに、「指をガードする部分をスチールで、バットに取り付ける部分をゴムで作れば、実現できるんじゃないか」との着地点に到達した。
「…やってみましょうよ」と吉村。
こうして、「バントガード」の商品開発が始まった。ここから商品化まで、驚くべきスピード感で試作と改良が重ねられ、商品化へと進んでいったのだった。